スキップしてメイン コンテンツに移動

12-2 更に『旧約聖書』にある戦い

前回から続きます。神の命に従いヨシュアはエリコを攻め取りました。

④神の命に従うヨシュアは連戦連勝と思っていましたが、なぜかアリで負けました。

「アカンという男が神の約束を破って戦利品を隠し持っていたから、アカンと家族を石で打ち殺され火で焼かれた。」と。


ヨシュアは、次は戦利品は誰にも取らせませんと神に申し上げたところ、主はヨシュアに言われた、

「恐れてはならない、おののいてはならない。いくさ人を皆、率い、立って、アイに攻め上りなさい。ぶんどり物と家畜とは戦利品としてあなたがたの物とすることができる。」と言われました。


「イスラエルびとは、荒野に追撃してきたアイの住民をことごとく野で殺し、剣をもってひとりも残さず撃ち倒してのち、皆アイに帰り、剣をもってその町を撃ち滅ぼした。その日アイの人々はことごとく倒れた。その数は男女あわせて一万二千人であった。ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼしつくすまでは、なげやりをさし伸べた手を引っこめなかった。」

「ただし、その町の家畜と、ぶんどり品はイスラエルびとが自分たちの戦利品として取った。主がヨシュアに命じられた言葉にしたがったのである。」


そのとき、神は戦いの先頭に立ち、

「主は天から彼ら(アイの住民)の上に大石を降らし、多くの人々が死んだ。イスラエルの人々が剣をもって殺した数よりも、雹ヒョウに打たれて死んだもののほうが多かった。神はイスラエルのために戦われた。」


⑤ヨシュアは更に侵攻し、全地を得ます。

「その日ヨシュアはマツケダを取り、剣をもって、それと、王を撃ち、その中のすべての人を、ことごとく滅ぼして、ひとりも残さず、エリコの王にしたように、マツケダの王にもした。ヨシュアは更に、エグロンを滅ぼした。」


「こうしてヨシュアは、その地の全部、すなわち、山地、ネゲブ、平地、および山腹の地と、そのすべての王たちを撃ち滅ぼして、ひとりも残さず、すべての息あるものはことごとく滅ぼした。イスラエルの神、主が命じたとおりであった。」


「ヨシュアはカデシ・バルネアからガザまでの国々、およびゴセンの全地を撃ち滅ぼして、ギベオンにまで及んだ。イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたので、ヨシュアはこれらすべての王たちと、その地をいちどきに取った。」


⑥この時、ヒビの住民以外にイスラエルと和を講じた町は一つもなかったが、それは神がそうさせたからであるとヨシュア記に書かれています。

「彼ら(アラブ人)が心をかたくなにして、イスラエルに攻めよせたのは、もともと主がそうさせたので、彼らがのろわれた者となり、あわれみを受けず、ことごとく滅ぼされるためであった。」


⑦「神は愛なり」という聖書の有名な言葉があり、万人を一人も残さず愛し救ってくださる神の無償の愛と、これまで思ってきましたが、どうもそうでもないようです。人間の愛憎と同じような「愛憎裏返しの愛」のように思われますが?


神を憎む者への報復が、『旧約聖書』申命記32章41に記されています。

「わたしは敵にあだを返し、わたしを憎むものに報復するであろう。わたしの矢を血に酔わせ、わたしの剣に肉を食わせるであろう。殺された者と捕らえられた者の血を飲ませ、敵の長髪の頭の肉を食わせるであろう。」


⑧ここまで書いてくると、さすがに重い気分になりました。現在のハマステロ事件と重なるところも多く、とても消化できそうにもありません。人類の原罪でしょうか?人類が背負った業でしょうか?憎しみの連鎖が果てしなく続く、地獄的惨状が懸念されます。


神よ、我らの憎しみの連鎖を断ち切り給え!


ゴルゴダの丘で十字架にかけられ、罪人に槍で突き刺されようとするイエスが、「神よ彼らを許し給え!彼らは何をしているのか知らないのです!」と言われ、そして最後に、

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ!(神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや)と言って息を引き取られました。


神よ、我らの憎しみの連鎖を断ち切り給え!


                             やまとこたろう


ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

   ↓          ↓

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村   

          PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント

  1. ユダヤ人以外も救われるとしたのが、キリスト教だと理解しています。新約聖書では、この記事に書かれたような態度はどう変わったのか、結局変わっていないのか。そんなことが気になりました。

    返信削除
  2. コメントありがとうございます。そうですね、キリスト教徒以外は救われません。ユダヤ教は異教徒への布教は積極的ではありませんが、キリスト教は布教に超積極的であるため、異教徒に対し侵略的攻撃的となったようです。やまとこたろう

    返信削除
  3. ご返信ありがとうございます。キリスト教徒は元々侵略的攻撃的だったのか、どこかに転換点があったのか。キリスト教はあくまで侵略の道具であったようにも思えます。宗教以前にその地域それぞれの特性により受け入れられやすい宗教があるのではないかと思いました。感想です。

    返信削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

満州国の発展:統計が語る「正の遺産」と理念の検証 53−3

1. 歴史の「光」に焦点を当てる 満州国(1932年~1945年)と聞くと、多くの人は、日本の軍事的関与や、歴史の「負の側面」を連想するかもしれません。確かに、その樹立過程と統治の実態には様々な論点が存在します。 しかし、その影に隠されがちなもう一つの事実があります。それは、満州国が、混乱した軍閥支配から脱却し、 アジアの未来を見据えた驚異的な速度で近代化を達成した、大規模な国家建設プロジェクト であったという点です。 本稿では、当時の中国大陸では類を見ない規模のプロジェクトであった満州国の発展を、感情論ではなく、 具体的な統計データ で検証します。計画経済による 産業の飛躍 、 インフラの劇的拡大 、そして 多民族共存の理念 という「正の遺産」に焦点を当てて迫ります。 2. 驚異的な飛躍:経済とインフラのデータが語る事実 満州国政府は、天然資源を活用した重工業化を推進し、後の中国東北部(東三省)の経済基盤を築きました。その発展は、当時の世界でも稀に見るものでした。 A-1. 計画経済が生んだ「アジアの奇跡」 満州国は、五カ年計画などの計画経済を通じて工業生産の急速な拡大を図りました。 1930年代を通じて、満州国の工業生産額は、 年平均約10%という驚異的な成長率を維持しました。これは当時の世界経済において非常に稀な高成長であり、「計画的な産業開発」が実を結んだ ことを示す強力な裏付けです。 A-2. 鉄鋼生産の頂点 重化学工業の中核を担ったのは、鞍山 アンザン 製鉄所(満州製鉄)です。 鞍山製鉄所 を中心とした粗鋼生産は、ピーク時に 年間 約200万トン に達しました。これは当時の日本の総生産量には及ばないものの 、 中国大陸においては圧倒的な規模 を誇り、満州を アジア有数の重工業地帯 へと変貌させました。 この基盤は 、戦後の中国東北部の工業復興においても重要な役割を果たしました。 A-3. 国土を結ぶ大動脈:満鉄の役割 南満州鉄道(満鉄)は、単なる鉄道会社ではなく、満州経済開発の心臓部であり、「満州国の中の満州国」とも呼ばれました。 約15年という短期間で鉄道総延長は 約11,500kmへとほぼ倍増 しました。この緻密で広大な鉄道網の整備は、資源輸送と都市間連携を可能にし、 国家建設のエンジン としての満鉄の役割の大きさを物語っています。        ...

34.日露戦争での日本勝利への世界の反応 

日本の勝利への世界の反応などをまとめてみます。 ①インド初代首相ネルー: 「私の子供の頃に日露戦争というものがあった。その頃のロシアは世界一の陸軍国だった。世界中は、ちっぽけな日本なんかひとたまりもなく叩きつぶされると思っていた。アジア人は西洋人にはとてもかなわないと思っていたからだ。ところが戦争をしてみると、日本が勝ったのだ。 私は、自分たちだって決意と努力次第ではやれないはずはないと思うようになった。そのことが、今日に至るまで私の一生をインド独立に捧げることになったのだ。私にそういう決意をさせたのは、日本なのだ。」 ②中華民国建国孫文: 「日露戦争はアジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。この勝利は全アジアに影響を及ぼし、全アジア人は非常に歓喜し、きわめて大きな希望を抱くにいたり、大国の圧政に苦しむ諸民族に民族独立の覚醒を与え、ナショナリズムを急速に高めた。」 ③英国領ビルマの初代植民地首相バ・モウ: 「最初のアジアの目覚めは、日本のロシアに対する勝利に始まり、この勝利がアジア人の意識の底流に与えた影響は決して消えることはなかった。 それは全ての虐げられた民衆に、新しい夢を与える歴史的な夜明けだった。 ビルマ人は英国の統治下に入って初めてアジアの一国民の偉大さについて聞いたのである。 日本の勝利はわれわれに新しい誇りを与えてくれた。歴史的に見れば、日本の勝利は、アジアの目覚めの発端、またはその発端の州発点と呼べるものであった。」 ④トルコ皇帝: 「われわれは、日本人の成功を衷心から喜ばなくてはならない。 ロシア人に対する日本人の勝利は、すなわちわれわれ有色人種の勝利である。 国家の命運は国民の自覚と愛国心で決するものであり、トルコの未来も日本を見習い近代化を進めるならば、決して悲観すべきではない。」 ④ロンドンタイムズ(新聞記事): 「日本海軍の目標は、単にロシア艦隊を打ち負かすことだけではなかった。これを撃滅することだった。そして、決意したことを成し遂げたのだ。 その理由は、軍艦にも砲にも、乗組員の熟練度にも、戦術の巧拙にも求められない。 精神的性格や高遠な理想、やむにやまれぬ熱情や、あまねく浸透した責任感と愛国心などに求められるべきだ。対馬海峡の勝利は、武士道によってもたらされたものである。」 ⑤アフリカ系米国人W.E.B.デュボイス: 「有色人種が先天...

満洲国の発展:五族協和と王道教育 53-4

3. 五族協和と王道教育 🎌 3-1. 多民族共存の試み:「五族協和」 満州国の基本理念は、「 五族協和 」と「 王道楽土 」でした。これは、人種平等を原則とし、満州人、漢人、日本人、朝鮮人、蒙古人の多民族間の協調と共存を目指し、当時の世界では先進的な試みでした。 民族構成: 満州人、漢人、日本人、朝鮮人、蒙古人、白系ロシア人 多言語の尊重: 主要な公文書や標識には、日本語、中国語、モンゴル語などが併記され、多民族国家としての統治が形式上は謳われました。 3-2. 社会基盤の近代化 漢人の軍閥時代には教育機会が極めて限られていましたが、 満州国では教育と公衆衛生の近代化が図られました。 王道教育の普及: 各民族の子供たちに教育の機会を与えるため、小学校の設立が積極的に行われました。 人材育成: 五族協和の理念を体現するエリート育成機関として 建国大学 が設立され、民族や階級を問わず、広く人材が登用されました。 公衆衛生の改善: 満鉄病院を筆頭に近代的医療が導入され、衛生状態の悪かった地域で伝染病対策が進みました。 4. まとめ 満州国建国後の施策は、 工業生産額の年平均約10%成長 、 鉄道総延長の倍増 といった数値に裏付けられるように、経済的な繁栄と社会の近代化を目指した、大規模な国家建設でした。満州国時代に築かれた産業基盤は、現代の中国東北部(旧満州地域)の経済、ひいては新中国建国初期の経済発展に貢献する大きな遺産を残しました。             やまとこたろう ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。    ↓          ↓ にほんブログ村