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自民党国会議員殿 「良き日本を滅ぼさないでください」

自民党HP経由、全自民党国会議員にメールしました。

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自民党国会議員殿

「良き日本を滅ぼさないでください」

日本の未来に対する深い憂慮とお願い:


前回の総裁選で、経済成長政策を訴えNo.1の党員票を獲得した候補を

選ばず、議員内の狭い論理によってリベラル政権を続けたため、

自民党は三回の選挙で大敗し、多くの同志を失いました。

これは、リベラル政権の考え(緊縮財政、リベラルイデオロギー優先)と、

党員・国民の願い(経済成長、現実優先)との乖離が大きい証左です。


大敗の原因は、安倍政権の岩盤支持層(保守層・現役世代)の離反

にあります。岩盤支持層が、岸田=石破政権の極端なリベラル色

(LGBT法案、夫婦別姓画策)や、財務省に洗脳された増税、移民問題

・太陽光パネル問題の放置などに怒り、国民民主党、参政党、保守党など

へ支持を変えたためです。一方、それら政党の議員数が激増しました。


SNSなどによって真実を知った国民の怒りの声は、「減税しろ」

「日本人の生活を大事にしろ」「移民反対」「吸血鬼財務省解体」

「リベラル自民党解体」「再エネ利権反対」と、広がり続けています。


自民党リベラル派がこの国民の悲痛な叫びを無視し、前回同様の議員談合

による総裁選びを繰り返せば、残っている岩盤保守層までも離れ、

次の衆院選で議員数が半減し、小さなリベラル政党(立憲と合同するか?)

に転落しかねません。

そして日本は政治が不安定化し、国力低下が加速し、

中国の属国になりかねない危機に直面します。


私や多くの中小企業・経済界は、高市候補の経済成長政策こそ、

30年の長期低迷を脱しV字回復を遂げていくことができる、

離反した岩盤支持層が自民党に戻り「国民のための自民党」

に作り直され得る唯一の道だと確信しています。


本日(9月26日)、私と家内は2票「高市早苗」と書いて、

神奈川選管宛に投函しました。


自民党国会議員各位 

日本のために、日本人のために、

どうか正しい選択をしていただけますよう、心よりお願い申し上げます。


                     やまとこたろう


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