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「拝啓 自民党国会議員各位」自民党本部にメールしました

 平成6年9月11日に、以下を自民党本部に全自民党国会議員宛としてメールしました。

・・・・・・・・
拝啓 自民党国会議員各位
「国民が苦しんでいます、助けてください!」

月収30万円から所得税・社会保障費・消費税で五割引かれ、実質使えるお金は15万円。
主婦は、政府は国民の苦しい台所事情が分かっていないと嘆きながら、1円でも安い物を求めてあちこちのスーパーを右往左往しています。
五公五民の江戸時代より酷い民からの収奪が強化され続けています。

女性の安全を脅かすLGBT法案の独裁強行・増税につぐ増税・中国脅威に対する遺憾砲に終始などがあり、
岩盤保守層が自民党を離れました。一人当たり所得は世界で30数位にまで落ちています。
為政者が栄え民が苦しむといったところでしょうか。
更に、地政学的脅威が日増しに高まってきていますが、
政治にリーダーシップが欠如しています。

総裁選立候補者の政策をすべて聞きましたが、
日本経済を成長させる包括的で明確なビジョン・政策を、
具体的に提示できた候補者が少ないことが、非常に残念です。
中身がまったくなく威勢のいい掛け声だけという議員もいました。

国民の生活は一層苦しくなり、人心は荒廃し、良き日本の伝統文化は破壊され、
日本は長期衰退の坂を転げ落ち続けていくことが懸念されます。

中国の脅威が日増しに高まってきています。中国に気兼ねする知中派が多いためか、
政府として領空・領海侵犯に対し毅然とした対応ができていません。
パーティ券を中国系に大量購入してもらってきた派閥や議員がいました。
こんなことで国民の生命・財産を守れるのでしょうか?

愚見に対する議員各位の率直なご意見を頂戴できればありがたく存じます。

・・・・・・・
自民党本部より返事がありました。
「お寄せいただきましたご意見・ご質問については、
全て拝見させていただいた上、担当部局へ報告し、
党の今後の政策や活動の参考とさせていただきます。」
・・・・・・・・

効果の程は分かりませんが、未来の日本のために粘り強く続けていきたいと思います。
問題の指摘などご意見頂戴できればありがたく思います。よろしくお願いします。

大和小太郎


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