スキップしてメイン コンテンツに移動

13−2−2.仏教の世界観:世界は真実の自己の今の様子です。お茶を呑むと必ずお茶の味がします、なんと素晴らしいことではないでしょうか!  

 仏は、創造主でもなく、全知全能でもなく、信仰上の存在でもなく、考古学上も実在が確認された私たちと同じ普通の人間です。

自己の真相である素晴らしい今の様子を自覚した人を、後世の人たちが目覚めた人、覚者と呼び、仏と呼んだだけなのです。


ブッダは言います。「世界には造り手もなく、始まりも終わりもありません。世界は大きな空間のようなものではなく、人が今の様子を感じる時にある目の前の様子です。人の今の様子とともに、世界は絶え間なく千変万化します。世界や森羅万象を動かしているのは創造主の意思ではなく法則です。人は誰でも真実を知り実物を生きることができます(成仏)、人は本来真実に目覚めた人(仏)です。


一人一人の人は、誰も彼も例外なく宇宙で最も尊い唯一無二の素晴らしい存在です(天上天下唯我独尊)。一人の人が生まれた時、一つの宇宙が生まれ、その人が亡くなる時、その人の宇宙も一緒に消えるのです。」


ブッダはさらに言います、「自己の真相である素晴らしい今の様子とは、何でしょうか?どうしようと思わなくても、今、物の様子がある、今、音の様子がある、今、香りの様子がある、今、味の様子がある、今、風の様子がある。今今今今今、切れ目なく今の自己の様子を生活している人は誰でも真実に目覚めた人です(諸仏)。


言語化(観念化)される前の今の自己の様子のほかに、世界には何もありません。あるのは、今この身体と世界が一体となって活動する、言語化(観念化)される前のこの身心の素晴らしい今の様子があるだけです。今、お茶を呑むと必ずお茶の味がします。なんと素晴らしいことではないでしょうか。あなたの身心の今の様子が、全宇宙の今の様子です。あなたは、全宇宙で唯一無二で最も尊い存在なんです。あなたは真実に目覚めた人(仏)なのですよ」。


仏教哲理上の一つの概念によると、世界や森羅万象シンラバンショウは創造主によって創造されるのではなく、因(根本原因)と縁(補助因)が和合して生じるのです。例えば、畑に種を撒くと芽が出てきますが、種が因で、土や水や太陽や労働などが縁で、芽や作物が果報です。この因縁生起の法則に従って、造り手もなく始まりもなく終わりもなく、世界や森羅万象は因縁生起しているのです。


更に言えば、一人一人の因縁によって一人一人の世界が生起し、その一人一人の世界の中で一人一人が生きているのです、その一人の人が亡くなればその人の世界も一緒に消えます。      


また、世界の生成について、成住壊空の四劫という仏教哲理上の一つの概念があります。すなわち、成劫ジョウコウ世界が生成されていく時期 )、住劫(この世界が成立して有情が安住している時期)、壊劫エコウ(火・水・風の三災によって世界が破壊され空無に帰するまでの期間)、空劫(世界が破滅して、一切が空無の状態のまま続く期間で、これが終わるとまた成劫に入る)が、始まりもなく終わりもなく無限に繰り返されていくという世界観です。


仏教の世界観を図式化してみましょう。                       自己=本来真実の自己の実物の今の様子で生活している人(仏)                   世界・森羅万象=真実の自己の今の様子であるすべてのありよう(仏)                 自己・森羅万象の生滅=法則による                         〔唯一神・創造主・支配者・審判者・原罪・地獄=なし〕             


あなたは、今、どんな世界に住んでいるのでしょうか?観念の世界でしょうか、それとも実物の世界でしょうか?今、目の前に物の様子が感じられる、今、音の様子が感じられる、今、お茶の味の様子が感じられる、後追いで言葉が出てくる(観念化される)前の実物の今の様子が感じられませんか。これが真の自己の実物の今の様子です。あなたがどんな状況にあろうとも、本来すべての人は真の自己の実物である一人一人の今の様子を生きているのです。お茶を呑むとお茶の味が感じられる素晴らしさ、これに気付きこの実物を生きる力は、誰に教えられなくても、一人一人に100%具わっているのです。     合掌


                  やまとこたろう


ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

   ↓          ↓

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村   

          PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント

このブログの人気の投稿

石破候補の裏切りの歴史がSNS上にあり国民の目に触れています。それを承知で投票されるのですか?

自民党議員に送りました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 靖国神社の参拝に否定的。大東亜戦争を侵略戦争と呼び、中国に謝罪せよと。 1.1981年、父の死後、 真っ先に葬儀に駆けつけてくれた 田中角栄氏の助言で政界を目指すも 田中派ではなく中曽根派からの立候補。 2.1993年 非自民の細川連立政権が成立。 自民党が野党に転落すると、 立て直しに四苦八苦する森喜朗幹事長に 「私はね、政権与党にいたいんです」 と捨て台詞をはき離党届。 3.小沢一郎を「真の改革者」と称賛して新進党結成に参加するも、小沢一郎が党首に選ばれると、自分の考える政党と違うと総選挙前に離党。 4.自民党に復党するも誰も相手にされず、伊吹文明が情けをかけて伊吹派に入れてあげるも、その後に入閣すると「閣僚が派閥に属するものはいかがなものか」の捨て台詞で伊吹派を離脱。 5.麻生政権の閣僚を務めていながら、支持率低迷で総選挙が近づくと総理官邸に乗り込み、謎の論理を展開して麻生おろしに加担。 6.民主党からの政権奪還を目指した自民党総裁選で安倍晋三と総理を争い、敗れて幹事長に在任期間中、地方選挙で連戦連敗し、自民党支持者を裏切る。 7.地方創世担当で実績を残せないどころか既得権益に配慮して加計学園問題で地方を見殺し。 地方を裏切る。 8.森友問題や加計学園問題などで テレビに連日出演して、安倍政権を背後から撃つ発言をしまくり、マスコミの安倍おろしに加担。                   やまとこたろう 高市さんはまだ3位だと藤川氏(選挙の神様、現在高市支援中)が警鐘。気を引き締めましょう。後2日で日本の運命が決まります。地元議員に高市さん支援を訴えてください。SNSを発信し続けてください。高市リーダーを支えて新しい日本をともに作っていきましょう。 #高市早苗 ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。   にほんブログ村

30.日露戦争① ~負け戦になりかねなかった危うい状況~

  ①すでに解説したように、朝鮮国王が自ら政権をロシアに献上したこと(なんと売国奴な国王か)により、実質的に朝鮮はロシアの支配下となります。さらに、領土的にもロシアは朝鮮北部に攻め込み制圧してしまいました。その上、ロシアは満州の兵力を強化し朝鮮にも軍事要塞を造り始め、このまま放っておいたら、日本が危なくなってしまうことは、誰の目にも明らかな状況となってしまいます。これによって、日本はロシアが朝鮮に軍事拠点を完全に完成させる前に、ロシアを朝鮮半島から追い出す必要性に迫られます。 ②しかし、次の表を見れば分かるように、戦力差は余りにも大きく、普通に戦えばまず勝てる状況ではありませんでした。 開戦前の戦力:  日本   ロシア  最大動員兵力 100万人  208万人  戦艦      6隻   15隻(開戦時、極東に7隻)  海軍力    26万トン  80万トン  鉄鋼生産力   5万トン 220万トン この戦力差だけを見たら、後の大東亜戦争よりもひどいですからね。特に鉄の生産量に圧倒的な差がありますね。戦争が少しでも長引けば、物量の差で絶対に勝てません。だから、当時の政府の人たちは、戦争を始める前から、終わらせ方というのを考えて動いていたのです。 ③じゃあ、どういう終わらせ方をしようとしていたか?まず大前提として、日露戦争の戦争目的は、朝鮮半島からロシア軍を追い出すことです。だから、陸軍で朝鮮半島を制圧し、日本が優位に立ったら、すぐに和平交渉に入り早期に戦争を終わらせるというのが、当時の日本政府のプランでした。そのために、開戦前から日本はアメリカに和平の仲介役をお願いしています。 ④日本にとってこの戦いに負けるということは日本の存亡の危機を意味しますから、兵士の士気は高くとにかく必死でした。そのお陰もあって日本軍は多大な被害を出しながらもひるむことなく、朝鮮半島を一気に駆け上がり、なんと満州の奉天までロシア軍を追い返すことに成功します。 しかし、この時点で弾薬は尽きてしまっていて、これ以上の追撃はできないという状況に追い込まれてしまいます。もし、弾切れがばれてしまったら、ロシア軍に反撃されて日本軍は全滅してしまいます。そのため、日本軍は弾薬が尽きたということがロシア軍にさとられないように、「我々の戦争目的は達した。よってこれ以上無駄な争いをする必要はない」と...

37.日韓併合 〜その実情

  今回は、日露戦争のわずか6年後の1910年に行われた 日韓併合 について見ていきたいと思います。 ①日韓併合の背景:大韓帝国の実情と日本の安全保障 日韓併合は、日本が武力で一方的に制圧・占領したものではなく、当時存在した 李氏朝鮮の最後の姿である大韓帝国が、日本の統治下に入ることを選択し、「韓国併合に関する条約」によって実現したもの です。 日韓併合の対象となった大韓帝国は、現在の韓国と北朝鮮を合わせた朝鮮半島一帯を統治していた国です。元々「朝鮮」あるいは「李氏朝鮮」という国名でしたが、この王朝は1392年から約500年間朝鮮半島を支配していました。高麗の臣下であった李氏が明の力を借りて建国した経緯から、 明、そしてその後の清の属国として長い歴史 を歩みました。 李氏朝鮮時代の約500年間は、両班(ヤンバン)と呼ばれる貴族階級が権力を握り、多くの国民が貧困と搾取に苦しんでいたとされています。人口も減少傾向にあり、文化的な停滞も見られました。これについて歴史家の崔基鎬(チェ・ギホ)氏は、「他力本願ながら李朝の歴史に終止符を打った日韓併合は、この民族にとって千載一遇の好機であった。これを否定することは歴史の歪曲である」と述べています。日韓併合前の朝鮮半島は、このように国民の窮乏と文化的な停滞が長く続いた歴史を持っていました。 1895年の 日清戦争 で勝利した日本は、その後の日露戦争を経て、清の支配から李氏朝鮮を独立させました。これにより、朝鮮半島は500年ぶりに独立し、 大韓帝国が成立 したのです。 ②ロシアの南下政策と日本の危機感 話は前後しますが、当時の日本にとって最大の脅威は ロシアの南下政策 でした。ロシアの勢力が朝鮮半島まで南下すれば、北海道のすぐ北にある樺太(サハリン)と、九州の北に位置する朝鮮半島によって日本は挟撃される形となり、日本の安全保障は一層深刻なものになります。そのため、 朝鮮半島は日本にとって、何としても死守しなければならない生命線 でした。 しかし、国力が衰退していた李氏朝鮮には、自力でロシアの脅威から朝鮮半島を守る力はほとんどありませんでした。そこで日本は、朝鮮半島の近代化を支援し、ロシアの進出を阻もうとしましたが、長年宗主国として朝鮮を属国化していた清国は、当然これを許そうとしませんでした。 ③日清・日露戦争と日本の影響力確...