スキップしてメイン コンテンツに移動

8−3−4.「日本は今、危機にあります!」と、聖徳太子が

聖徳太子の独白が続きます:

##########################

お釈迦様、今、この国は、二つの危機に直面しています。豪族間の権力闘争と、シナ大陸を統一した軍事大国隋の脅威です。(隋の脅威に立ち向かう聖徳太子。)私には、天照大御神から付託されたこの国の民を守り、幸せにする責務があります。


元来、わが国は神のお心のままに存在しており(神ながら)、人は自分の考えを言葉に出して言い立てない(言挙げしない)国ですが、

国内安定と独立維持を達成するために、お釈迦様の哲理により、神々の伝統を昇華させ、国づくりの理念を成文化する(言挙げする)必要があります。


そのキーワードは菩薩ボサツです。他者を救うために一身を投げ出す菩薩です。

天皇は単なる権力者でもなく、神話による支配者でもありません。かつて、神武天皇が建国の詔を出されたとき、「天皇の任務は、国の大御宝オオミタカラである民のために奉仕し、民のために一身を投げ出すことである。それ以外にはない。そうでなければ、天照大御神の付託におこたえすることはできない。」と言われました。


これが国づくりの根幹である「しらす」政治です。天皇は権威はあるが権力を持たず、国の大御宝オオミダカラである民の様子を知り、民の幸せを祈り、民に奉仕することを任とする。

権力は時の適任者に親任し、大御宝である民のための政治を担わせる。この「しらす」政治を国のグランドデザインとしていこうと考えています。


お釈迦様、どうかこの国の民をお守りください、私たちをお導きください。

##########################

                              

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

   ↓          ↓

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村   

           PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント

  1. 随の脅威に対抗するために、倭国も近代化する必要があり、仏教がその礎となっていたということでしょうか。当時、軍事的に対抗せねばならなかったということですよね。そのためには、有力豪族によって各地が支配される倭国から、天皇を中心とした中央集権社会的な倭国に転換する必要があったのではないでしょうか。ちょうど明治維新のときのように。古事記や日本書紀が編纂される前ですから、天皇の正統性を示す何かが求められていた。そこに仏教がぴたりとハマったのではないでしょうか。仏教が初めて倭国にルールを明文化するという文化を持ち込み、そのルールメーカーである天皇に正統性が認められていったのではないかと想像しました。

    返信削除
  2. 長袖父さん 含蓄のあるコメントありがとうございます。縄文以来培われてきたものが少しずつ形を現していくような感じがしています。これからもよろしくお願いします。やまとこたろう

    返信削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

満州国の発展:統計が語る「正の遺産」と理念の検証 53−3

1. 歴史の「光」に焦点を当てる 満州国(1932年~1945年)と聞くと、多くの人は、日本の軍事的関与や、歴史の「負の側面」を連想するかもしれません。確かに、その樹立過程と統治の実態には様々な論点が存在します。 しかし、その影に隠されがちなもう一つの事実があります。それは、満州国が、混乱した軍閥支配から脱却し、 アジアの未来を見据えた驚異的な速度で近代化を達成した、大規模な国家建設プロジェクト であったという点です。 本稿では、当時の中国大陸では類を見ない規模のプロジェクトであった満州国の発展を、感情論ではなく、 具体的な統計データ で検証します。計画経済による 産業の飛躍 、 インフラの劇的拡大 、そして 多民族共存の理念 という「正の遺産」に焦点を当てて迫ります。 2. 驚異的な飛躍:経済とインフラのデータが語る事実 満州国政府は、天然資源を活用した重工業化を推進し、後の中国東北部(東三省)の経済基盤を築きました。その発展は、当時の世界でも稀に見るものでした。 A-1. 計画経済が生んだ「アジアの奇跡」 満州国は、五カ年計画などの計画経済を通じて工業生産の急速な拡大を図りました。 1930年代を通じて、満州国の工業生産額は、 年平均約10%という驚異的な成長率を維持しました。これは当時の世界経済において非常に稀な高成長であり、「計画的な産業開発」が実を結んだ ことを示す強力な裏付けです。 A-2. 鉄鋼生産の頂点 重化学工業の中核を担ったのは、鞍山 アンザン 製鉄所(満州製鉄)です。 鞍山製鉄所 を中心とした粗鋼生産は、ピーク時に 年間 約200万トン に達しました。これは当時の日本の総生産量には及ばないものの 、 中国大陸においては圧倒的な規模 を誇り、満州を アジア有数の重工業地帯 へと変貌させました。 この基盤は 、戦後の中国東北部の工業復興においても重要な役割を果たしました。 A-3. 国土を結ぶ大動脈:満鉄の役割 南満州鉄道(満鉄)は、単なる鉄道会社ではなく、満州経済開発の心臓部であり、「満州国の中の満州国」とも呼ばれました。 約15年という短期間で鉄道総延長は 約11,500kmへとほぼ倍増 しました。この緻密で広大な鉄道網の整備は、資源輸送と都市間連携を可能にし、 国家建設のエンジン としての満鉄の役割の大きさを物語っています。        ...

34.日露戦争での日本勝利への世界の反応 

日本の勝利への世界の反応などをまとめてみます。 ①インド初代首相ネルー: 「私の子供の頃に日露戦争というものがあった。その頃のロシアは世界一の陸軍国だった。世界中は、ちっぽけな日本なんかひとたまりもなく叩きつぶされると思っていた。アジア人は西洋人にはとてもかなわないと思っていたからだ。ところが戦争をしてみると、日本が勝ったのだ。 私は、自分たちだって決意と努力次第ではやれないはずはないと思うようになった。そのことが、今日に至るまで私の一生をインド独立に捧げることになったのだ。私にそういう決意をさせたのは、日本なのだ。」 ②中華民国建国孫文: 「日露戦争はアジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。この勝利は全アジアに影響を及ぼし、全アジア人は非常に歓喜し、きわめて大きな希望を抱くにいたり、大国の圧政に苦しむ諸民族に民族独立の覚醒を与え、ナショナリズムを急速に高めた。」 ③英国領ビルマの初代植民地首相バ・モウ: 「最初のアジアの目覚めは、日本のロシアに対する勝利に始まり、この勝利がアジア人の意識の底流に与えた影響は決して消えることはなかった。 それは全ての虐げられた民衆に、新しい夢を与える歴史的な夜明けだった。 ビルマ人は英国の統治下に入って初めてアジアの一国民の偉大さについて聞いたのである。 日本の勝利はわれわれに新しい誇りを与えてくれた。歴史的に見れば、日本の勝利は、アジアの目覚めの発端、またはその発端の州発点と呼べるものであった。」 ④トルコ皇帝: 「われわれは、日本人の成功を衷心から喜ばなくてはならない。 ロシア人に対する日本人の勝利は、すなわちわれわれ有色人種の勝利である。 国家の命運は国民の自覚と愛国心で決するものであり、トルコの未来も日本を見習い近代化を進めるならば、決して悲観すべきではない。」 ④ロンドンタイムズ(新聞記事): 「日本海軍の目標は、単にロシア艦隊を打ち負かすことだけではなかった。これを撃滅することだった。そして、決意したことを成し遂げたのだ。 その理由は、軍艦にも砲にも、乗組員の熟練度にも、戦術の巧拙にも求められない。 精神的性格や高遠な理想、やむにやまれぬ熱情や、あまねく浸透した責任感と愛国心などに求められるべきだ。対馬海峡の勝利は、武士道によってもたらされたものである。」 ⑤アフリカ系米国人W.E.B.デュボイス: 「有色人種が先天...

満洲国の発展:五族協和と王道教育 53-4

3. 五族協和と王道教育 🎌 3-1. 多民族共存の試み:「五族協和」 満州国の基本理念は、「 五族協和 」と「 王道楽土 」でした。これは、人種平等を原則とし、満州人、漢人、日本人、朝鮮人、蒙古人の多民族間の協調と共存を目指し、当時の世界では先進的な試みでした。 民族構成: 満州人、漢人、日本人、朝鮮人、蒙古人、白系ロシア人 多言語の尊重: 主要な公文書や標識には、日本語、中国語、モンゴル語などが併記され、多民族国家としての統治が形式上は謳われました。 3-2. 社会基盤の近代化 漢人の軍閥時代には教育機会が極めて限られていましたが、 満州国では教育と公衆衛生の近代化が図られました。 王道教育の普及: 各民族の子供たちに教育の機会を与えるため、小学校の設立が積極的に行われました。 人材育成: 五族協和の理念を体現するエリート育成機関として 建国大学 が設立され、民族や階級を問わず、広く人材が登用されました。 公衆衛生の改善: 満鉄病院を筆頭に近代的医療が導入され、衛生状態の悪かった地域で伝染病対策が進みました。 4. まとめ 満州国建国後の施策は、 工業生産額の年平均約10%成長 、 鉄道総延長の倍増 といった数値に裏付けられるように、経済的な繁栄と社会の近代化を目指した、大規模な国家建設でした。満州国時代に築かれた産業基盤は、現代の中国東北部(旧満州地域)の経済、ひいては新中国建国初期の経済発展に貢献する大きな遺産を残しました。             やまとこたろう ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。    ↓          ↓ にほんブログ村