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14-3.中世の日英比較。そして、未だ見ぬ次世代のあなたへ

 本年もよろしくお願いいたします。


さて、日英それぞれの中世時代を概観してきましたが、それを踏まえて両国の比較をしてみようと思います。


①王朝の移り変わり:

英国では、王朝が武力闘争によりフランス出身のノルマン朝からプランタジネット朝、ランカスター朝、デューダ朝へと三回変わりました。その間に、国王が英国人意識を持つようになり宮廷の公用語もフランス語から英語に変わったそうです。日本では、元寇の危機と武家の権力闘争がありましたが、幸いにも万世一系の天皇制が維持されました。



②対外戦争:

英国は、王位継承権をめぐってフランスと百年戦争・バラ戦争と戦いましたが、フランス内の領土を失い、王族と貴族の対立が表面化していきました。日本は、蒙古襲来を武士・朝廷・武士・宗教界が一体となって撃退することができました。


英仏間のドーバー海峡の幅は約50kmで、軍事上の大きな障害とはならなかったようですが、朝鮮半島との間の対馬海峡の幅は約200kmで、台風も有り、日本の国防に大きな機能を発揮してきました。日本は日本海に守られているという感じがしますね、ありがたいことです。



③政治:

英国では、戦争は王族の領土的野心や権力闘争のためであり、貴族は不承不承徴税や従軍に応じるか反発するかであり、キリスト教会は王族の恣意的な権力行使を抑制しようとしました。貴族たちは王権の制限を求め、大憲章(マグナ=カルタ)を国王に認めさせ、さらに議会開催を認めさせました。日本では、朝廷対武士という対立は生じず、朝廷の親任のもとに武家の統領が政治を担うという政治体制が確立し、その後六百数十年続きました。



④軍事力:

英国は、16世紀に海軍を作り17世紀に陸軍を作りましたが、軍事力は当時の海軍大国スペイン・陸軍大国に比べ貧弱だったようです。日本は、種子島に伝来した火縄銃の量産化に成功し、当時の英国と同数の火縄銃を九州の一地方国家が保有するほどまでに急成長した、という記録があります。


日本侵略を目論んでいたスペインは、宣教師から日本の軍事力を知り、先ず弱体化した明を征服し明軍も動員し、日本国内のキリシタン大名と呼応して、日本を攻略しようと考えていました。しかしその間に、当時世界最強だったスペイン無敵艦隊がイギリス艦隊に破れるという番狂わせが起こったため、日本攻略の野望は消え去りました。



文学:

中世ヨーロッパの文学は、宗教文学と世俗文学に分けられます。宗教文学は、キリスト教に関する著作が多く、数えきれないほどの讃美歌が書かれました。一方、世俗文学は、宮廷愛や騎士道物語などがあります。また、中世ヨーロッパの文学は、カトリック教会の言語であるラテン語で書かれたものが多く、各地の俗語も用いられました。英国では、中英語で『カンタベリー物語』(巡礼中の物語)が書かれました。


日本では、源頼朝が鎌倉幕府を開いた後、政治の中心が上方から東国へ移ったものの、京都は文化的中心であり続けました。日本の中世文学は、主に和歌や物語などがあります。和歌は、新古今和歌集』などが編纂され公家や武士などの上流階級によって愛され、物語は、平家物語などが庶民によっても楽しまれました。随筆徒然草』も書かれました。



⑥この間、日本は武家政権成立や元寇など内憂外患の大嵐に襲われましたが、幸いにもしらす政治体制が存続しました。これが、日本がヨーロッパ諸国と違う最大の点であり、日本の安定が保たれている最大の拠り所でしょう。



⑦私感ですが、鎌倉時代に道元が著した『正法眼蔵』は宗教書ですが、当時に人類の叡智と通底する哲学書でもあります。一例を上げてみましょう。


私とは何か?(現代脳科学)

苦しみとは何か?(現代医学、現代心理学)

物質とは何か?(アインシュタインの相対性理論、量子力学)

宇宙とは何か?(現代宇宙論、量子力学)

存在とは時間とは何か?(ハイデッガーの『存在と時間』)

人間の実存とは何か?(サルトルの実存主義哲学)

社会の構造とは何か?(レヴィ・ストロースの構造主義)


現代科学・現代哲学と通底する日本独自の哲学書であり、これまでの日本人が著した最高の著作ではないかと考えています。混迷を究める人類社会の改善に資する、現代科学と共に歩める日本発の新しい哲学が求められていると思っています。


私にはそれを成し遂げる能力もなく、時間も残されていません。でも、その前段として原点の『正法眼蔵』を現代語訳して遺すことはできるかしれません。


未だ見ぬ次世代のあなたへ:

『正法眼蔵』現代語訳を読み、1万年以上にわたる日本人の精神生活が結晶化した道元の深い哲学を学んで、混迷する人類社会に新しい道を提示し、人類の未来にインスピレーションを与える日本発の新しい哲学を創りだしてください。お願いします。


                 やまとこたろう


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